カイロプラクター 武下 知憲 (S48.12/28)
山口県下関市にて誕生、スクスク育つ。
クラスに1人はいると言われる、年中タンクトップのやたら元気な子供だったという。
ちなみに、物心ついてから今現在まで、体調を崩して何かを休んだ事はない、と…!
「僕の周りにいたら、大体みんな元気になりますよ!」と豪語!
大学時代は、勉学よりも部活動の空手に明け暮れたが、無事に中央大学商学部を卒業。
卒業後、一旦は建材メーカーに営業として入社するが、会社のすぐ横にあった極真空手の道場で仕事以上に奮闘する。
が、やはり社会人。そんな甘い事、ずっとは通りませんでした。
すぐに毎日am2時まで勤務という生活に突入する!(サービス残業8時間!)
大好きな空手にも通えない日々…。
そんな時、空手仲間の医者に言われました。
「リハビリとか、健康管理とかの業界の方が、タケちゃん向いてるんじゃない?」
というワケで、2年間のサラリーマン生活に終止符を打ち、ここにカイロプラクター武下が登場したワケですね。
いや、本当はもっと色々あったんですけどね…。
メディカル・カイロプラクティック・カレッジ(MCC)を卒業して、日吉整形外科ペインクリニックに就職。
この日吉整形外科ペインクリニックがすごかった!
横浜屈指の「行列の出来る整形外科」だったのです…!
何しろ、朝の5時には患者さんが並んで、列を作っていましたからね。
ちなみに、当時の診療受付時間は、am8:40(診療開始9:00)〜pm7:00でした。
しかし、仕事が終わるのは、毎日am2:00でした。(変わってないぢゃん!)
サービス残業ではなかった事と、その頃にはこの仕事を大好きになっていた事と、もともと体が頑丈だって事もあって、サラリーマン時代と同じ2:00でも、全く疲れはありませんでした。
一番遅くなった日などは、最後の患者さんの診察が終わったのはam5:30でした…。
恐るべし、行列の出来る整形外科!
そんな大変な職場で、叩き鍛え上げられた8年間の経験は、武下の整体の精度を各段に高めていきました。
カイロプラクター武下の土台と言えます。
顔は少々いかついかも知れません…。
目も「あいてる?」ってくらい細く見えるかも知れません…。
でも大丈夫です。
武下は、皆さんを健康にする為にそこにいます!

頭痛・肩こり・腰痛、辛いですよね。 